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東京高等裁判所 平成5年(ネ)4034号 判決

控訴人

川口晴男

川口久子

川口岳志

川口夏織

川口亮

右二名法定代理人親権者

川口晴男

川口久子

控訴人ら訴訟代理人弁護士

中島通子

藍谷邦雄

吉田健

被控訴人

帝国臓器株式会社

右代表者代表取締役

山口隆

右訴訟代理人弁護士

佐藤博史

飛田秀成

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決をいずれも取り消す。

2  被控訴人は、控訴人川口晴男に対し、金一二五八万九一七〇円及び内金四三二万七二六〇円に対する昭和六二年五月二〇日から、内金八二六万一九一〇円に対する平成三年五月九日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人は、控訴人川口久子に対し、金一〇八〇万円及び内金三七五万円に対する昭和六二年六月二日から、内金七〇五万円に対する平成三年四月一日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人は、控訴人川口岳志、同川口夏織、同川口亮に対し、それぞれ金二一六万円及び内金七五万円に対する昭和六二年六月二日から、内金一四一万円に対する平成三年四月一日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被控訴人

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、被控訴人(以下「被控訴人会社」という場合がある。)に勤務する控訴人川口晴男(以下「晴男」という。)が、昭和六〇年三月一六日、被控訴人会社の東京営業所から名古屋営業所への転勤を命じられ(以下「本件転勤命令」という。)、右転勤命令により、被控訴人会社に勤務する晴男の妻である控訴人川口久子(以下「久子」という。)及び子供である同川口岳志(以下「岳志」という。)、同川口夏織(以下「夏織」という。)、同川口亮(以下「亮」という。)と別居せざるを得なくなり、単身赴任を強いられたとして、控訴人らが被控訴人に対し、右転勤命令を発したことに違法があるとして、債務不履行あるいは不法行為による損害賠償を求めたところ、原判決が、控訴人らの請求をいずれも棄却したので、控訴人らが控訴した事案である。

以上のほかは、原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。但し、次のとおり訂正付加する。

1  原判決五頁五行目の「無効、」を削る。

2  同一〇頁八行目の「労働契約に違反し無効か。」を「労働契約に違反するか。」に、同一〇行目の「あったか。」を「あり、そのような場合、転勤命令を発するには本人の同意を要するものと労働契約を解すべきか。」に、それぞれ改め、同一一頁一行目の「強いる点で、」の次に「「①控訴人らの『家族生活を営む権利』あるいは『両親の養育する権利又は両親から養育を受ける権利』を侵害するか、②」を加え、同三行目の「要件に違反して無効か、あるいは、」を「要件に違反するか、③」に、同三行目から四行目に掛けての「公序良俗に違反して無効か、もしくは、」を「公序良俗に違反するか、④」に、同五行目の「違反して無効か」を「違反するか」に、それぞれ改め、同六行目の冒頭から七行目の末尾までを削り、同九行目の「権利の濫用として無効か。」を「権利の濫用に当たるか。」に改め、同一〇行目の冒頭から末行の末尾までを削る。

3  同一二頁二行目の「労働契約に違反し無効である。」を「以下の理由により、労働契約に違反する。」に改め、同七行目の「確立させてきた。」の次に「このような労使慣行が確立している場合には、労働契約の解釈として、使用者が転勤命令を発するには本人の同意を要するものと解すべきである。」を加える。

4  同一三頁五行目の「就業規則違反」を「基本的人権の制約の有無、就業規則違反の有無等」に、同七行目の「労働指揮権」を「業務指揮権」に、それぞれ改め、同八行目の末尾の次に行を改め「ところで、被控訴人会社との間の労働契約上の業務指揮権の範囲を解釈するに当たっては、控訴人らの有する基本的人権を侵害することのないように解釈すべきであり、具体的には、後記一3に記載した諸要素を考慮して解釈すべきである。」を加える。

5  同二五頁一行目の「義務違反として無効とされなければならない。」を「義務違反になる。」に、同二行目の「権利濫用により無効である。」を「権利濫用になる。」に、同二六頁二行目の「OJT」を「職場内教育(以下『OJT』という。)」に、それぞれ改める。

6  同四二頁四行目の「濫用となって無効である。」を「濫用となる。」に、同五行目の「損害」を「晴男の損害」に、それぞれ改め、同六行目の「慰謝料 金七二〇万円」の次に「(前記一4の配慮義務違反を理由とする請求においては除く。)」を加える。

7  同四四頁一行目の冒頭から四五頁一行目の末尾までを次のとおり改める。

「四 被控訴人会社の責任

被控訴人会社が晴男に対し本件転勤命令を発した行為は、前記のとおり、債務不履行に該当し、また、晴男の『家族生活を営む権利』への侵害として不法行為を構成するので、被控訴人会社は、晴男に対し、前記三記載の損害を賠償する義務がある。」

8  同四七頁末行の「晴男の主張のとおり違法無効であるが」を削り、同四八頁一行目の「にも該当する」を「を構成する」に改める。

9  同五〇頁七行目の末尾の次に行を改め、次のとおり加える。

「特に、岳志は、晴男が単身赴任したことにより、久子らとの円満な親子関係を欠くようになり、そのようなことが原因となって。平成元年一〇月ころから、学校へ登校できない状態に陥った。このようなことも考慮すると、久子、岳志らの精神的、肉体的苦痛は、計り知れないものがある。」

10  同五一頁末行及び同五二頁三行目から四行目に掛けての各「五月九日」を、それぞれ「四月一日」に改める。

11  同五二頁七行目の冒頭から末尾までを「一 本件転勤命令は、以下のとおりの理由から、労働契約に違反せず、また権利濫用に該当しない。」に改め、同九行目の「被告会社は、」の次に「労働契約上、」を、同五三頁一行目の「からといって、」の次に「被控訴人会社が転勤命令を発するに当たり本人の同意を要するものとの労使慣行があったとみることもできず、」を、それぞれ加える。

12  同六二頁八行目の「2」を「3」に、同一〇行目の「権利濫用等の理由で無効たらしめる」を「権利濫用に当たるとする」に、それぞれ改める。

13  同七二頁二行目の末尾の次に行を改め、次のとおり加える。

「(8) 岳志の不登校について

仮に、岳志に不登校の事実があったとしても、晴男の単身赴任が原因であるということはできない。」

14  同七二頁三行目の「3」を「4」に、同七五頁七行目の「4」を「5」に、それぞれ改める。

15  同七七頁八行目の冒頭から末尾までを「二 本件転勤命令は、以下のとおり、債務不履行に該当するものではないし、また、不法行為を構成するものでもない。」に改める。

第三  証拠

原審及び当審の証拠関係目録のとおりであるから、これをここに引用する。

第四  争点に対する判断

一  本件転勤命令に至る経緯について

事実の認定については、原判決七八頁末行の冒頭から一〇五頁三行目の末尾までのとおりであるからこれをここに引用する。但し、次のとおり訂正付加する。

(1)  同八六頁八行目の「小数」を「少数」に改める。

(2)  同九二頁九行目の「生活の基盤や」を「生活の基盤も」に改める。

二  本件転勤命令の適否について

勤務場所の決定に関する被控訴人の業務命令権限の有無及び本件転勤命令の適否については、原判決一〇八頁七行目の冒頭から同一二一頁四行目の末尾までのとおりであるからこれをここに引用する。但し、次のとおり訂正付加する。

(1)  同一〇八頁七行目の冒頭から同一一四頁一行目の「るが、」までを次のとおり改める。

「(一) 前記のとおり、被控訴人会社は、各種医薬品の製造販売を目的とする株式会社であり、本社及び工場のほかに、営業所を全国八か所、出張所を三か所設置して、医薬品の販売活動をしていること、従業員は約九〇〇名であり、そのうち医薬情報担当者は約二五〇名にのぼること(いずれも昭和六〇年当時)、晴男は、学校を卒業した後、被控訴人会社に入社し、当初から医薬情報担当者としての職務に従事してきたこと、被控訴人会社では、晴男の入社当時から一貫して、医薬情報担当者について、全国規模で、住居の変更を伴う人事異動を継続的に実施していること、晴男と被控訴人会社との間の労働契約書には、『業務の都合により勤務又は配置転換もしくは職種の変更をすることができる。』と規定され、更に、被控訴人会社の就業規則五六条一項には、『必要があるときは、従業員に対し出張・転勤・出向・留学及び駐在を命ずることができる』旨、同条二項には、『前項の場合従業員に正当な理由がないときは、これを拒むことはできない。』旨が規定され、晴男と被控訴人会社との間で労働契約が締結された際にも、勤務地を一つの地域に限定する旨の特段の合意はされていないこと等の事実が明らかであり、右各事情の下においては、被控訴人会社は、個別的な同意なしに勤務場所を決定し、転勤命令を発して、労務の提供を求める権限を有するものというべきである。」に改める。

(2)  同一一四頁五行目の「によれば、」を「に定められたとおり、」に六行目の「決定することができるものというべきである。」を「決定することができ、従業員は、正当な理由がない限りはこれを拒否することができないものというべきである。

晴男は、晴男が被控訴人会社と労働契約を締結したのは、二〇歳代の初めの独身のころであるから、一五年も経過した後まで、右合意に拘束されるものと解することはできないと主張するが、前記労働契約書及び就業規則の文言及び内容に照らして、労働契約に右のような期限があるものと解釈することはできず、採用の限りではない。」に、それぞれ改め、同一一五頁三行目の「労働契約」の次に「及び就業規則」を加え、同九行目の「(三)」を「(二)」に改める。

(3)  同一一六頁一〇行目の末尾に行を改め、次のとおり加える。

「晴男は、本件転勤命令は、単なるローテーション人事であり、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚などとは結びつかないものであるから、業務上の必要性は存在しないと主張する。しかし、被控訴人会社が、長年にわたって、医薬情報担当者の人材育成と人的組織の有効活用等に効果があるものとして、広域的な人事異動を実施している以上、右のような人事異動の施策には、合理性があるものと解すべきであるから、晴男の右主張は採用できない。」

(4)  同一一六頁末行の「(四)」を「(三)」に、同一一八頁一行目の「(五)」を「(四)」に、同一一九頁六行目の「(六)」を「(五)」に、同一〇行目の「一貫として」を「一環として」に、それぞれ改める。

(5)  同一二一頁三行目の冒頭から四行目の末尾までを次のとおり改める。

「以上のとおり、本件転勤命令は、業務上の必要性に基づいて発せられたものであり、他方、晴男らの受けた経済的・社会的・精神的不利益は、転勤に伴って通常甘受すべき範囲内のものというべきであるから、労働契約ないし就業規則に違反するものではなく、したがって、被控訴人会社が晴男に対して本件転勤命令を発したことに違法性はないものということができる。」

三  晴男のその他の主張について

1  労使慣行の存否等について

晴男は、被控訴人会社においては、転勤命令には本人の同意を要するとの労使慣行があり、右慣行からすれば、労働契約上被控訴人会社の業務指揮権は制限を受けるべきであると主張するので、この点について検討する。

右の点の判断については、原判決一〇五頁六行目の冒頭から一〇八頁五行目の末尾までのとおりであるからこれをここに引用する。

したがって、労使慣行が存在することを理由として、転勤命令を発するには本人の同意を要するものと労働契約を解釈すべきであるとする晴男の右主張は、主張の前提を欠き、採用できない。

2  公序良俗違反について

晴男は、本件転勤命令は、晴男の単身赴任を余儀なくさせ、久子と同居して子供を監護養育することを困難にさせたので、基本的人権である「家族生活を営む権利」を侵害し、また、「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」等の趣旨に反するものであるから、公序良俗に違反するなどと主張する。

しかし、右主張は次のとおり採用できない。すなわち、①被控訴人会社は、長年にわたり、人材育成と人的組織の有効活用の観点から、医薬情報担当者等について、広域的な人事異動を実施しているところ、晴男は、入社以来昭和六〇年三月まで一五年間都内地域(山梨担当の三年を含む。)の営業を担当してきており、都内を担当する職員の中で最も担当期間の長い職員の一人であったことに照らすならば、晴男についてのみ、特別の事情もなく、異動の対象から除外することは、かえって公平を欠くことになるといえること、②これに対して、本件転勤命令によって晴男の受ける経済的・社会的・精神的不利益は、前記のとおり、社会通念上甘受すべき範囲内のものということができること、特に、③本件転勤命令における転勤先である名古屋と東京とは、新幹線を利用すれば、約二時間程で往来できる距離であって、子供の養育監護等の必要性に応じて協力をすることが全く不可能ないし著しく困難であるとはいえないこと、④被控訴人会社は、支給基準を充たしていないにもかかわらず、別居手当を支給したほか、住宅手当(赴任後一年間)を支給したことなど一応の措置を講じていることなどの事情を考慮すると、本件転勤命令により、晴男が単身赴任を余儀なくされたからといって、公序良俗に違反するものということはできない。したがって、本件転勤命令が公序良俗に違反するとの晴男の右主張は理由がない。

なお、晴男は、労働契約及び就業規則が、晴男らの「家族生活を営む権利」等を侵害することを許容する趣旨を含んでいるとするならば、労働契約及び就業規則自体が公序良俗に違反するものとして無効とすべきであると主張するが、前記のとおり本件転勤命令が公序良俗に反しているとはいえない以上、右主張は前提において採用できない。また、晴男は、そのような場合に、労働契約及び就業規則の効力を限定的に解釈すべきであるとも主張するが、家族生活を優先すべきであるとする考え方が社会的に成熟しているとはいえない現状においては、右主張も採用できない。

3  信義則上の配慮義務違反について

晴男は、労働契約において、勤務場所の変更により、労働者に過重な負担を強いることとなる場合には、労働契約における信義則上の配慮義務として、その過重な負担を軽減させるための措置を講ずることが使用者に課されていると解すべきところ、被控訴人会社は右配慮を尽くさなかったと主張する。

右の点の判断については、原判決一三二頁末行の冒頭から一三九頁一〇行目の末尾までのとおりであるからこれをここに引用する。但し、次のとおり訂正付加する。

(1) 原判決一三二頁末行の「晴男は」から一三三頁一行目の「案ずるに」までを「前記のとおり」に改める。

(2) 同一三三頁一〇行目の「前記二4のとおり、」を次のとおり改める。

「被控訴人会社においては、①単身赴任手当として、六坪程度の借上住宅を、借上家賃の一割で提供し、六か月間はその半額で提供する旨、また、②別居手当として、家族が転居できない所定の事由がある場合に限り、二年間又は一年間を限度に、一定金額を支給する旨の定めがあったが、晴男のように妻の勤務継続を理由とする単身赴任については、右所定の事由には該当しなかった。しかし、被控訴人会社は、晴男に対し、別居手当として、昭和六〇年四月二日から一年間合計一五万八六〇〇円を支給し、社宅として晴男の希望により独身寮一室を使用料月額一二〇〇円(六か月間半額減額)で提供したものであり、右被控訴人会社の実施した具体的措置に照らすならば、」

4  権利の濫用について

晴男は、本件転勤命令は、業務の必要性、晴男が受けた不利益の程度、本件転勤命令の動機・目的に照らすと、権利の濫用に該当すると主張する。

右の点の判断については、原判決一二五頁一行目の冒頭から一三二頁九行目の末尾までのとおりであるからこれをここに引用する。但し、次のとおり訂正付加する。

(1) 原判決一二五頁九行目の「2(三)に」、一二六頁一行目の「2(四)(五)に」、四行目の「2(六)に」を、それぞれ削る。

(2) 同一三二頁九行目の末尾の次に行を改め、「したがって、本件転勤命令が権利の濫用に該当するとの晴男の主張は採用できない。」を加える。

四  晴男に対する債務不履行ないし不法行為の成否について

以上のとおり、本件転勤命令には、業務上の必要性があり、晴男には、これを拒む正当な理由は存しないのであり、さらに、これを違法と解すべきであるとする晴男の主張はいずれも理由がないから、被控訴人会社のした本件転勤命令は、業務命令権限内のものであって適法であるということができ、したがって、債務不履行には当たらず、また不法行為を構成するものでもない。

五  久子、岳志、夏織、亮に対する不法行為の成否について

晴男を除くその余の控訴人らに対する不法行為の成否については、原判決一四〇頁七行目の冒頭から一四一頁四行目の末尾までのとおりであるからこれをここに引用する。但し、同一四〇頁末行の「とおりであり」から一四一頁一行目の「選択したものである。」を「とおりである。」に改める。

第五  結論

よって、控訴人らの本訴請求は、いずれも理由がなく、これを棄却した原判決は正当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小野寺規夫 裁判官清野寛甫 裁判官飯村敏明)

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